第12話:鹿児島のイチローの回想録⑤「重量バットによる忘れられない戦い」

イチロー選手の、一部の熱烈なファンからの、“たかがバッティングセンターのホームラン王ごときで

天下のイチロー選手にすり寄るな”というクレームや、色々な難癖がエスカレートして来た為に、テレビの出演依頼も

“イチロー選手はエベレストを登頂した人、私は近所の丘を登っただけですから”と言って依頼を断り続けていた。

なのに、いつまでも何かと嫌みを言って来るのが鬱陶しくなった為にメテオドームへ本拠地を移した。

そして、誰もやることの出来ない「鹿児島のイチローとの一対一のホームラン対決」というイベントを開催してもらい、

元気盛りの若者達を相手に7 割の勝率を上げ、特に嫌がらせを言ってた打者達には闘争心むき出しで大差をつけて勝っていた

ことから、すべての雑音を力づくで封じ込めることが出来たのだった。

そして、私の勝率が上がるに従ってこのイベントは自然消滅するかっこうで一年三か月の幕を閉じた。

しかし、その後もまだ私と戦ったことの無い若者達からの挑戦は続いていた。

そして、私の連勝が 23 まで伸びていた時のこと、野球チームの四番打者が私の 24 連勝を阻止するといって挑戦して来た。

当時は私と引き分けても挑戦者は勝った、勝ったと大喜びするほどに、私は強い王者的な存在だった。

先攻の彼は一本打った。

後攻の私も一本打ってすぐ追いついたがあと一本が出ないまま最終球となった。

彼らはもう引き分けを信じて 24 連勝を阻止したと大騒ぎし始めていた。

すると最終球は、六番打席の十八番の“床に叩きつけるようなフォークボール”が飛んで来た。

野球選手は完全に手を出さない低さだ。

それでそれを見た彼らは私も打てないと見て“ヨッシャーッ”と歓声をあげた。

しかし、私はこの写真よりもまだ深く両膝を折って、特に後ろの膝は床につくほどに深く折ってとらえると、

コレがホームランゾーンに飛び込んだ。

まさに、重たいバットにしか出来ない快心の逆転劇だった。

相手の青年は飛んだり跳ねたりして悔しがっていたが、しまいには床を転げ回って悔しがっていた。

そしてその後の私の連勝記録は 37 連勝まで伸びたのだった。

重たいバットに関してはサングリーンドームを本拠地にしていた頃から、いずれはメテオドームでの

若者達との戦いが主になると思っていたので、全国各地に燃費の運行テストで走る度に1000g 以上のバットの

いいのが見つかると、買い置きするようにしていた。

また、私なりの考えでバットを作ってもらう為に、徹夜で 1200km を走って、直接バットメーカーに行ったこともあった。

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