第60話：鹿児島のイチローの回想録52「ガンの見舞客の前で打てた 5 本のホームランの想い出」

昨年の夏のことだが、私の前立腺ガンを知ったと言うファンの人から

メテオドームに見舞いに行きたいという連絡があったので会いに行った。 

会うなり“色が白くなられましたね”と言われた

“男性ホルモンをカットする注射のせいかもしれません”と言ったら、

“エッ、ホームランの方は大丈夫なのですか”と聞かれた。

殆どの人達が、ガンの治療でパワーが削がれてしまうと思われるようだ。

もちろんのことながら、私もそう思うので、素振りとスクワットは以前よりも

ウンと気合を入れてやっているのだ。

それで、早速一ゲーム打って見せてあげることになった。 

若者達も両隣で打っているので、彼らよりも飛ばして見せて安心させてあげねばと、

かねてよりもかなり気合が入った。

初球からいいライナーが飛んだら、三人で拍手して喜んで下さったが、

その直後にデカイ一発が出ると、“ガンは誤診なのじゃないの”と、

奥さんが言っておられるのが聞こえた。

連日の下半身の痛みやこむら返りでロクな睡眠をとっていない割には

目の調子が良くて、三、四球おきにホームランが出て、全部でテレビ収録以来の五本が出た。

両隣の若者達は一本も打たなかったことから、

“どっちが病気か分からないほどの凄さですね”と、若者の方を見比べて言っておられた。

ご主人が、“逆に以前より打球に凄みを感じますが…”と言われたので、

“やはり寿命の残りに限りがあると思うと、一球、一球に対する気合の入り方が違う”、

ということを伝えておいた。