第19話:鹿児島のイチローの回想録⑫「“無から有を生み出す世代” の強味」

私が社会に出た 19 歳の時はまだ日本は戦争からの復興の途中にあって、まだまだ “無い物”が多々あって不便な時代だった。

全てにおいて、“無から有を生み出さねばならなかった”、のだ。

自動車技術の師匠に弟子入りしたのだが、修理の為の工具も機材も設備も満足に無かった。

それで一例だが、道端に落ちている鉄製の物があれば拾って帰って火を起こして風をあおって温度を上げてやり、その鉄製のモノをあぶって柔らかくしておいて、叩いたり、切ったり、削ったりして自分の求める工具を作っていたのだ。

今は全ての便利な工具や機材、設備が整っている為に、若者達が自分で考えたり、工夫する必要が無くありがたい世の中だ。

しかし、考え方によっては実に気の毒なことだと思う。

私がメテオドームに本拠地を移して、本腰を入れて若者達との飛ばし合いを行うようになった時に、私には人より遠くへ飛ばす素地は何

も無いことを痛感したのだった。

下の写真は一例だが、ホームラン大会が開かれる度に、集まるのは全員私よりデカイのばかりで、結構うらやましい気持ちだった。

コレらに伍して戦って行くためには、今更身長は伸びないし、体重もそう簡単には増やせないことから、腕力を鍛え上げるしか無かった。

こんな時に、“無から有を生み出す”ことに慣れていた私は、誰もやろうとはしない過酷な素振りを考案して鍛えたものだった。

まず 1400g ~ 2000g のバットを使って、一球、一球をキチン とバットを完全に止めておいて、そこから急激なパワーを掛けてスイングする素振りなのだ。

予備の体の動きをさせずに、いきなりのフルパワーを掛けるスイングだから体にかかる負担は並大抵ではない厳しいモノになるのだ。

また、荒れ球に対応する為に、テレビにプロ野球のビデオをかけて、そのピッチャーが投球する球を見ながら、あらゆるコースに対応するスイングを養った。

バッティングセンターのボールは摩耗状態によって、マシンのツメのかかり具合が変わるので、色々と変化する為に実際のピッチャーよりも変化が大きいことも良くあるのだ。

それでも一球でも打てる球はホームランゾーンを狙って打たねばならないのだ。

野球選手は好きな球しかフルスイングしないが、私は打てると思った球は何処に来てもフルスイングしてとらえに行っているので、結果的に人よりホームランの本数が多くなっているわけだ。

一応戦争体験者であり、モノの無い戦後体験者の私は常に、“無から有を生み出す”という気持ちを持ち続けて、82 歳の今日まで頑固一徹に生きて来ている。

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