メテオドームに本拠地を移して一年経った頃、ボールの飛びがいいことが気になりだした。
軽く振ったのも簡単にさく越えしていた。
県外から私に挑戦して来るスラッガー達の、“ここのボールは飛びがいいから、ホームラン王だと言っても他所では通用しない”という声も耳に入りだした。
それで、コレは鹿児島の野球人達にとっても対応力の無さ、弱さに直結すると思ったので、他のバッティングセンターと同じボールにしてもらうように責任者のB氏との交渉を始めた。
ちょうどプロ野球界も“飛ばないボール”へと舵を切り始めた時だったので、私の主張は時流にも合っていた。
ところが、飛ばなくなるとお客が面白くなくなって苦情が殺到するので、出来ないとの返事。
お客は、大事な将来を担う小中高の球児たちもかなりの数あるのを見ていたので、彼らのことを思って私は一歩も引き下がらなかった。
そして一番奥行きの遠い、久留米の国分バッティングセンターが、普通のバッティングセンター用のボールを使っておられていても、客からの苦情はなんら無いことを知っていたので、久留米まで愛車のソアラを飛ばした。
店長さんにわけを話して、見本のボールを頂戴して帰った。
そのままメテオドームに直行して、B 氏に、私が24 球を買うから試しにどれくらい飛距離が落ちるのかをテストするように提案した。
すると、さすがにお客さんに払わすわけにはいかないと、会社の費用で同じボールを買って来た。
そこで、老人の私がそれまで通りにホームランを打てたら、この世間並みなボールを使用するという約束をとりつけた上で打った。
結果は三本の文句なしのホームランを打てた。
70 歳越えた老人が打てるのに元気盛りの若者が打てないでは、全国の野球人や野球ファンから物笑いのタネにされるのは火を見るより確かだから、客は苦情は言わないから決断しなさい、もし苦情を言うのが出てきたら全て俺が命がけでそいつを叩き潰してやるから心配しなくていいよと、本当に血の雨が降るのを覚悟の上で言った。
そしてメテオドームの歴史始まって以来 “初の客の要請で” 飛ばないボールになったのだった。
なるほど B 氏がビビッていたのが納得できるほどに、飛ばなくなったボールへの不満が続出しだした。
その度に、“おい、なんか文句があるらしいが、これは俺が鹿児島の野球を心配して命がけで世間並みなボールにしてもらったんだ、邪魔するんだったら容赦しねえぞ、死ぬ覚悟でかかって来いや”と、こっちから先に喧嘩を売りまくった。
特に何人か連れ立って来ていて文句を言っているのが聞こえたら、飛んで行って座っているシートを思い切り蹴とばしておいて、リーダーと見た男に先のセリフを目いっぱいドスを利かして言っていた。
これは他の客にも非常に分かりやすい説得になっているのが手にとるように分かった。
そして、怒鳴りつけた後は必ず、“俺が打って見せるから目ん玉ひんむいてよーく見とけっ”と言って一ゲームを打って何本かのホームランも見せていた。
結局、私の信念の強さと本当に鹿児島のレベルアップの為への必死さが分かったらしく、一度も殴り合いにはならずにひと月ほどで以前の平穏で楽しいバッティングセンターになった。
この間、責任者であるはずの B 氏はただの一度も場内に姿を見せることは無かった。
全てを私一人でやったことなのだ。
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